■ シーニック・アイ 出品作家情報 ■ === 徳島県立近代美術館 === 
 

クラウス・フォム・ブルッフ

データベ ースの作家情報
1952年ケルンに生まれる
1975-76年カリフォルニア美術研究所、ヴァレンシア(アメリカ合衆国)
1976-79年ケルン大学哲学科で学ぶ
1992年カルルスルーエ造形大学教授
1996年現在ケルンに在住

個展(抄録)
1978年ボン:フィロメーヌ・マーゲルス画廊
1988年メンヒェングランバッハ:市立アプタイべルグ美術館
1989年ストックホルム近代美術館
1990年ハノーファー:ケストナー協会
1991年「ブラッタイン&バーディーン」ケルン:ダーニエール・ブーフホルツ・ギャラリー
ロンドン現代美術研究所(ICA)
ライプツィヒ:ギャラリー「アイゲン+アート」
1993年ケルン:デジレ・フォイアーレ・ギャラリー
「ジャム・ジャム・プロジェクト」ケルン芸術協会
1995年「アルトーは兵士たちの前で語る」ボン:連邦芸術展示ホール
1996年「2つ、そして3つの新しい仕事」ハンブルグ:デリー&プリース・ギャラリー
「反プロジェクト」ケルン:デジレ・フォイアーレ・ギャラリー

グループ展(抄録)
1974年ケルン:オッペンハイム・スタジオ
1980年第11回パリ・ビエンナーレ、ポンピドゥ・センター
1982年「ドイツのビデオ芸術 1963-82」ケルン芸術協会
1984年ヴェネツィア・ビエンナーレ、国際パビリオン
1987年ドクメンタ8、カッセル:フリーデツィアーヌム美術館
1988年「不可能なる自己」バンクーバー:ウィニペグ・アート・ギャラリー
1989年「ビデオ/彫刻」ケルン:デュ・モン美術館
1995年「空想と幻影」リンツ:オープン文化会館
「錯覚・情動・現実性」チューリヒ:百年映画館、芸術会館
1993年第8回リヨン・ビエンナーレ
「隠蔽/暴露」サイト・サンタフェ、ニューメキシコ

カルルフリードリヒ・クラウス

データベ ースの作家情報
1930年エルツゲビルゲのアンナベルグに生まれる
1944年最初の水彩画、コラージュ、詩
1948年以降実験的試作の試み、最初の音響イメージ
1958年以降活字による文字フィールド、音節・音韻循環や言語処理の録音
1961年以降両面に書かれた言葉の紙
最初のスピーチ・シート
1963年歴史哲学的コンビナートの構想
1977年グラフィックアート・シリーズ「アウローラ」
グループ「クラーラ・モーシュ」会員(1982年まで)
1987年「集積K」終了
1991年ベルリン芸術アカデミー会員
1992年ドレースデン造形芸術大学名誉教授
1996年現在ケムニッツに在住

個展(抄録)
1962年「個人的な夢」フライブルク:ドクター・ハンス・グリュス
1964年バーデンバーデン:クンストハレ
1968年マクデブルク:文化連盟クラブ
1974年ポズナイン:ギャラリー・アクミュラトリー2
1975年ベルリン:ギャラリー・アルカーデ
1976年メラーネ(ザクセン):地方文化会館
1978年ドレースデン近郊のローゼンドルフ:核物理学研究所
1979年カルル・マルクス・シュタット:ギャラリー「クラーラ・モーシュ」(K.ソボレフスキーと共に)
1980年ドレースデン:銅版画陳列室
1982年ライプツィヒ:モーリッツバスタイ
1987年アンナベルク:ギャラー・アム・マルクス(K.ソボレフスキーと共に)
1989年ツヴィッカウ:市立美術館
1990-91年「瞬時の目覚め」ミュンスター、フランクフルト・アム・マイン、ビーレフェルト、ミュンヘン、ハンブルク
1992年ヘント:ファン・ヘーデンダークセ美術館(G.バゼリッツと共に)
1993年ロイトリンゲン:市立美術館
1995年「思考風景」アルテンブルク、ロンドン
1995年「アウローラ」ロストック:クンストハレ
「音過程/空間」ケムニッツ
1996年「思考風景」ジェノヴァ

グループ展(抄録)
1961年ヴッパータール:カログラム
1962年ベルリン:ハウス・アム・ヴァルトゼー
1963年アムステルダム:市立美術館
1965年「第2回実験詩の国際展」オクスフォード
1968年「視覚詩」カルルスルーエ
1970年チューリヒ:ヘルムハウス
1973年ローマ:ヴィッラ・ボルゲーゼ
1974年ベルリン:銅版画陳列室
1977年カルル・マルクス・シュタット:ギャラリー「クララ・モーシュ」
1979年第6回版画ビエンナーレ、ブラットフォード
1981年パリ市立近代美術館
1982年第9回ドイツ民主共和国美術展、ドレースデン
1983年ハノーファー芸術協会
1984年オクスフォード近代美術館
1987年第10回ドイツ民主共和国美術展、ドレースデン
1989年ケンブリッジ:ハーヴァード大学
1990年ロサンジェルス:オーティス・パーソンズ・ギャラリー
1992年アーヘン芸術家連盟
1994年ベルリン芸術アカデミー
1995年ベルリン:マルティン・グローピウス・バウ

ハルトヴィヒ・エバースバッハ

データベ ースの作家情報
1940年ツヴィッカウに生まれる
1959-64年ライプツィヒ版画製本大学でベルンハルト・ハイジヒのもとで学ぶ
1979-83年ライプツィヒ版画製本大学で教える/実験的芸術
1985年デュッセルドルフ「芸術家美術賞」受賞
ライプツィヒ芸術自由アカデミーを共同設立
1996年現在ライプツィヒに在住

個展(抄録)
1973年「時間の芸術」ライプツィヒ
1982年カルル・マルクス・シュタット:ギャラリー・オーベン
アルテンブルク:州立リンデナウ美術館
1986年フランクフルト・アム・マイン:ギャラリー・ギーリヒ
デュッセルドルフ:ギャラリー・ツィンマー
1988年ニューヨーク:ギャラリー・プラカパス
デュッセルドルフ:ギャラリー・ツィンマー
ライプツィヒ:ギャラリー「アイゲン+アート」
1989年フランクフルト・アム・マイン:ギャラリー・ギーリヒ
1990年ヴァイマール市立博物館ゲーテ広場陳列室
ベルリン:アルテス・ムゼウム内、新ベルリーナ・ギャラリー
カルル・マルクス・シュタット市立美術館
1991年マクデブルク:聖母マリア大聖堂修道院
デュッセルドルフ:ギャラリー・ツィンマー
1992年フランクフルト・アム・マイン:ギャラリー・ギーリヒ
1993年ダルムシュタット:クンストハレ
1994年フランクフルト・アム・マイン:ギャラリー・ギーリヒ
1995年マールブルク大学美術館
1996年ライプツィヒ造形美術館(回顧展)
デュッセルドルフ:ギャラリー・ツィンマー

ヨッヘン・ゲルツ

データベ ースの作家情報
1940年ベルリンに生まれる
1958年ケルン大学で学ぶ(中国文学・ドイツ文学・英文学)
1960年ロンドンに滞在
1962年バーゼル大学で学ぶ(先史学)
1990年ブレーメンのローランド賞「公共スペースにおける芸術」部門受賞
1996年ドイツ批評家賞(造形芸術部門)受賞
1966年からパリ在住

個展(抄録)
1974年キール:クンストハレ
ボーフム:美術館
1975年パリ市立近代美術館
ARC2
カルルスルーエ:バーデン芸術協会
デュースブルク:ヴィルヘルム・レームブルック美術館
1976年ヴェネツィア・ビエンナーレ、ドイツ館(J.ボイス、R.ルーテンベックと共に)
1977年ミュンヘン:レーンバッハハウス市立ギャラリー
ハノーファー:ケストナー協会
オポルト:ソアレス・ドス・レイス国立美術館現代美術センター
リスボン:カルースト・グルベンキアーン財団
1979年ジュネーブ:現代芸術センター
ルツェルン:美術館
1980年フランクフルト芸術協会
1981年ビーレフェルト:クンストハレ
1988年デュッセルドルフ:ノルトライン・ヴェストファーレン美術コレクション
ヴィーン現代美術館
1990年ハンブルク:クンストハレ
1992年ブレーメン:ヴェーザーブルク新美術館
1993年カルルスルーエ:バーデン芸術協会
マンチェスター:コーナーハウス
アルテンブルク:州立リンデナウ美術館
ポツダム:旧市庁舎
マンチェスター:シティー・アート・ギャラリー
モー:ボスュエ美術館
1994年ストラスブール現代美術館
バンクーバー・アート・ギャラリー
1995年ニューポート・ビーチ(LA):ニューポート港美術館
テルアビブ大学美術館
ニューヨーク州パーチェス:ニューバーガー美術館

グループ展(抄録)
1970年「具体詩」アムステルダム市立美術館
1974年「ADA2」ベルリン:ベルリン・フェスティバル
「ビデオ」パリ市立現代美術館
1976年ヴェネツィア・ビエンナーレ、ドイツ館(ボイス、ルーテンベックと共に)
1977年カッセル、ドクメンタ6
「ポジションズ」フルムベック、ルイジアナ美術館
「言葉」ニューヨーク:ホイットニー美術館
1979年シドニー・ビエンナーレ
1980年ダブリン:ロスク
1982年「ドイツのビデオ・アート:1963-82」ケルン、芸術協会
1985年「ドイツ連邦共和国の芸術:1945-1985」ベルリン、ナショナル・ギャラリー
1986年「眼の裏側」サンフランシスコ近代美術館
1987年カッセル:ドキュメンタ8
1988年「事実上の……」コペンハーゲン:王立アカデミー
1989年「ドイツ芸術への視線」モントリオール:現代美術館
1990年「1968年ころ:芸術と社会における具体的なユートピア」デュッセルドルフ、美術館
1992年シドニー・ビエンナーレ
1994年「限界を超えて」パリ:ポンピドゥ・センター
1995年「我が兄、アベルは何処?」ワルシャワ:ザヘタ現代美術ギャラリー
1996年「歴史に目を向ける」パリ:ポンピドゥ・センター

ライナー・ゲルス

データベ ースの作家情報
1960年ノイシュトレリッツに生まれる
1976-82年さまざまな職を経験
1982-89年ドレースデン造形芸術大学に学ぶ
1986-90年ミヒャ・ブレンデル、エルゼ・ガーブリエール、フォルカー(ヴィア)レヴァンドフスキーと芸術の共同制作(1987から《オート・パーフォレーション・アーティスト》)
1992年アメリカ合衆国に留学、中央アメリカ芸術連盟奨学金授与
1996年現在ベルリン在住

個展(抄録)
1985年「バッハオーフェン・オブジェ」(物と紙、パフォーマンス)ベルリン:トレプトフ地方文化会館ギャラリー
1986年「二重ガラスのなかの自己」(文字画像とアクション)ベルリン:国立美術館群クラブ、ショーウィンドウ・ギャラリー
1987年「背景の人物」ドレースデン造形芸術大学の講堂に画像を設置
1989年「リレー」ベルリン:ギャラリー85、ツァイヘンロイメ・ウント・エタート・アート
「ミドガルト・プロジェクト」(ジオラマ)ドレースデン:造形芸術大学
1990年「体質のなかヘ:遺伝的彫刻群」ライプツィヒ:ギャラリー「アイゲン+アート」
1991年「ファシス」シュトゥットガルト:ギャラリー・ビショフ
1992年「生存圏III」アリゾナ州ツーソン(アメリカ合衆国)
1993年「501-第七大陸から」ライプツィヒ:ギャラリー「アイゲン+アート」
1994年「未知の大地」シュトゥトガルト:ギャラリー・ビショフ
1995年建築コンペ、エンゲン、フランクフルト・アン・デア・オーデル、シュテンダール、ベルリン
1996年「操業停止:気象サミットのための産業向けアクション」、ベルリン
1996年建築コンペ、ベルリン、シュトラウスベルク、ポツダム
「ソフトなハードウェア/ハードなソフトウェア」ヴァスコヴィアク:ギャラリー・ビショフ

グループ展(抄録)
1985年「ゆっくりと湿っていく」ドレースデン美術アカデミー
1986年「音楽・融合・画像」ベルリン:クラブ・インターナショナル
「ヴォルト・モルト・オルト(言葉・殺人・場所)」ベルリン:演出研究所
1987年「空間S」ドレースデン:芸術アカデミー
1988年「アトリエの若い芸術家」ベルリン:芸術アカデミー
「さあ、拘留だ」ライプツィヒ:ギャラリー「アイゲン+アート」
「干潮から満潮まで」ドレースデン:レーオンハルディー美術館
1989年「ミュンツァーを追って」エアフルト:伝道修道院
「永久芸術会議」ベルリン:ギャラリー白象
「伝統と革新」ドレースデン:レーヴァークーゼン、ハンブルク
「幕間狂言」ベルリン:ベターニエン・キュンストラーハウス
1990年「壁の向うのもうひとつのドイツ」パリ:ラ・ヴィレット
1991年「差異の了解」ニュールンベルク:クンストハレ
「メトロポリス」ベルリン:マルティーン・グローピウス・バウ
「依存」パリ:「アイゲン+アート」
「ベルリン・アート・シーン」日本(徳島県立近代美術館他)
1992年第9回シドニー・ビエンナーレ
1993年「アート・シーン・ベルリン」ホンコン、シンガポール
1994年「影の跳躍」ワルシャワ:ザメク・ウジェフドフスキー
1995年「輸送」モスクワ:マネージュ展示センター
小彫塑トリエナーレ、シュトゥットガルト

マクダレーナ・イェテロヴァ

データベ ースの作家情報
1946年チェコスロバキアのゼミリーに生まれる
1956-67年プラハの造形芸術アカデミーで学ぶ
1967-68年ミラノ、ブレーラ・アカデミーで学ぶ
1968-71年プラハの造形芸術アカデミーで引き続き学ぶ
1985年ドイツ連邦共和国に亡命
1988年ミュンヘン造形芸術アカデミー客員教授
リューベックのオーヴァーベック造形芸術賞受賞
1989年ダルムシュタット市芸術賞受賞
1990年以降デュッセルドルフ州立美術アカデミー教授
1991年シュトゥットガルトのマックス・リュッツェ賞受賞
1993年以降プラハ城評議会顧問
ベルリン芸術アカデミー名誉教授
1996年現在ベルクハイム在住

個展(抄録)
1979年プラハ:ネルドーヴァ通の劇場
1986年バーデンバーデン:州立クンストハレ
1987年ニューヨーク:近代美術館企画室
1988年ハンブルク:クンストハレ
1989年リューベック:オーヴァーベック協会、カタリーナ聖堂
1990年ゲッピンゲン市立ギャラリー
1991年マンチェスター:コーナーハウス・ギャラリー、ハリーフォックス:ディーン・クラフ
1993年「アイスランド・プロジェクト」プラハ:ベルヴェデーレ
1994年「トランスロケーション」ハノーファー、芸術協会
1996年「トランスロケーションII」ダルムシュタット:マティルデンヘーエ研究所

グループ展(抄録)
1981年「ドヴォルキ81」プラハ
1982年「20世紀の椅子」プラハ:美術工芸博物館
1983年「ニュー・アート」ロンドン:テイト・ギャラリー
1986年第6回シドニー・ビエンナーレ
1987年カッセル:ドクメンタ8
1988年「索引」アントウェルペン:現代美術館
「オーヴァーベック賞受賞者展」リューベック:オーバーベック協会
1990年「生活から/芸術のなかへ」アントウェルペン:現代美術館
1991年パリ:リュクサンブール宮
シカゴ:アートセンター
1993年「中間にあるもの:火、地、水、空」ハンブルク:南ダイヒトーアハレ
1995年フィレンツェ:ウフィッツィ美術館
1996年「フリードスカルプチュア」アーヘン:ルートヴィヒ・フォーラム

演劇関連
1989年『ペンテジレア』(ハインリヒ・フォン・クライスト作)
演出:ヘルベルト・ケーニヒ
舞台:マクダレーナ・イェテロヴァ
衣装:エーファ・デッセカー
デュッセルドルフ劇場小劇場
1993年『あるいは、悲惨な上陸』(ハイナー・ゲッベルス作)
原作:ヨーゼフ・コンラート、ハイナー・ミュラー、フランシス・ポンジュ
音楽と演出:ハイナー・ゲッベルス
舞台スペース:マクダレーナ・イェテロヴァ
衣装:アレクサンドラ・ピッツ
フランクフルト・アム・マイン、テアーター・アム・トゥルム
協力:ATEM、パリ、ナンテール・アマンディエ劇場

ハンス・ペーター・クーン

データベ ースの作家情報
1952年キールに生まれる
1978年以降ロバート・ウィルソンと共に、劇場、映画、展覧会のために30点以上を制作
1989年以降ローリエ・ブース、花柳壽々紫、スティーヴ・パクストン、ダナ・ライツ、和田淳子のための舞曲
1990年『怪しき土地』の音楽制作がニューヨークのベッシー賞受賞
1991年ベルリン、ベターニエン・キュンストラーハウスのアトリエに滞在
1992年「ベルリン市政府のアトリエ計画」ニューヨーク、PS1美術館
1993年ロバート・ウィルソンと共に制作したインスタレーション「記憶/喪失」によってヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞受賞
1994年大阪の花柳壽々絹賞
1996年現在ベルリン在住

展覧会(抄録)
1984年ベルリン:国立クンストハレ
1985年ミュンヘン:ガスタイク文化センター
1987年ベルリン:ハウス・アム・ヴァルトゼー
1988年ベルリン:ラーデン・フュア・ニヒツ
シュトゥットガルト:ヴュルテンベルク芸術協会
ベルリン:シュタット・ムジークE88
リンツ:アルス・エレクトロニカ
1989年ブレーメン現代美術協会
1991年ボストン:マサチューセッツ芸術大学
ボストン美術館
ヒューストン:現代美術館
サンフランシスコ近代美術館
パリ:ポンピドゥ・センター
ベルリン:芸術アカデミー
ベルリン:ギャラリー・フラジャイル協会
1992年ポツダム芸術倉庫
ベルリン:ポデヴィル、ベルリン新音楽協会
「5つのフロア」ロンドン:アートエンジェル
ベルリン:ベターニエン・キュンストラーハウス
ニュヨーク:P.S.1美術館
1993年アイントホーフェン:アポロンの家
ベルリン:フラジャイル協会ギャラリー
ロッテルダム:ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ブラジルベロ・ホリゾンテ、UFMG 文化センター
ベルリン:ギャラリー・クラウス・フッシャー
1994年ブラジリア:SOMブラジリア音楽祭、
マール:グラースカステン彫刻美術館
1995年ハノーファー:サウンド・アート
ビルバオ:カルタ・ブランカ
ロンドン、アート・エンジェル
1996年ギャラリーかまくら 東京
「音環境:聴と視のためのフェスティバル」ベルリン:芸術アカデミー

レコード目録
1991年「その日の前夜」ボストン美術館
1991年「ボジャングルズ氏の思い出」パリ:ポンピドゥ・センター
1992年「ハンス・ペーター・クーン」ベルリン:ベターニエン・キュンストラーハウス
1993年「赤・黄・青」ベルリン:ギャラリー・クラウス・フィッシャー
1994年「サウンドスペース・ブラジリア」ブラジリア:ゲーテ・インスティトゥート
1995年「ブックカバーで本は判断できない」(H・ツィシュラーとの共作)ベルリン:メルフェ出版

ライムント・クマー

データベ ースの作家情報
1954年生まれる
1996年現在ベルリンと、イタリアのリパトランソーネに在住

個展(抄録)
1979年「ライムント・クマー:5月27日から6月10日」(解体され塗装された放熱器)」ベルリン:リュツォウシュトラッセ/ズィトゥアツィオーン
1985年「ライムント・クマー(二重の身体)」シュトゥットガルト:キュンストラーハウス
1981年「部品I:ライムント・クマー(バナナ・マイナス・トゥー・ストップス)」ミュンヘン:レーンバッハハウス市立ギャラリー、クンストフォーラム
1987年「ライムント・クマー(聖墳墓)」メルボルン:オーストラリア現代芸術センター
1989年「ライムント・クマー(ザバイオーネ)」アムステルダム:アペル財団
1991年「天空」(シュテファン・フーバーと共に)ハンブルク:クンストハレ
1992年「オレンジ・ハウス産植物の出港と入港に関して:オランジュリーにもっと光を」(シュタイアマルクの秋)、ポツダム:サンスーシ宮殿
1995年「ビソドメイン」ニューヨーク:アーティスト・スペース
1996年「硝子体」ハノーファー:芸術協会

グループ展(抄録)
1980年「地下鉄駅デルタ線の新演出、ライムント・クマー、ヘルマン・ピッツ、フリッツ・ラーマン、4月3日4:15-0:47(3人の男性モデル)」ベルリン:ビューロー・ベルリン
1981年「今日のドイツ美術」(蒸気杭打ち機)パリ:市立近代美術館
1983年「劇場にて」ベルリン:ビューロー・ベルリン/ヘッベル劇場
1984年「拡散」(タパチュラ)モントリオール:現代美術館
1986年「ビューロー・ベルリン:或る制作概念」(フリッツ・ラーマンとヘルマン・ピッツと共に)ベルリン:ベターニエン・キュンストラーハウス
1987年「委託により:公共空間の彫刻(敷居)」エッセン:フォルクバンク美術館
1988年「アペルト88(回顧展)」ヴェネツィア・ビエンナーレ
1989年「90年代のために」ミラノ:現代美術展示館、イスタンブル:ヨーロッパ・アート・フェスティバル
1990年「レディメイドのブーメラン」第8回シドニー・ビエンナーレ
1992-94年「芸術・故郷・芸術」グラーツ:シュタイアマルクの秋
1995年「小世界」デュッセルドルフ:ギャラリー M.+R. フリッケ
「往復書簡:シカゴとベルリン」シカゴ:美術工芸学校文化事業部、建築大学、文化センター

マルク・ランメルト

データベ ースの作家情報
1960年ベルリンに生まれる
1976-86年ベルリン、ヴァイセンゼー美術大学で、ハインリヒ・テスマーに師事
1989-92年ベルリン芸術アカデミー職業学校で、ヴェルナー・シュテツァーに師事
1994年ベルリン市政府大臣文化奨学金授与
1996年社団法人ボン芸術基金奨学金授与
1996年現在ベルリン在住

個展(抄録)
1987年ベルリン:国立美術館群ユーゲント・クラブ
1988年ベルリン:造形芸術スタジオ
1991-93年ベルリン:アルテス・ムゼウム・ギャラリー
1993年ノイシュトレリッツ:ギャラリー・レフューギウム
ベルリン:ギャラリー白象
1995年ロストック:クンストハレ
ロストック:ギャラリー・レフューギウム
1996年マクデブルク:聖母修道院美術館(マルティン・アーシヒと共に)
ベルリン:ヴァイセンゼー芸術協会、ブレヒトハウス

グループ展(抄録)
1986年ベルリン:芸術アカデミー
1987年ベルリン:アルテス・ムゼウム・ギャラリー
「Prin Atelierele unor Pictori din RDC」ブクレシュチ国立美術館、クルジ美術館
「ミヒャエル・ヘーゲヴァルト、マルク・ランメルト、アンドレーアス・ザーラウス」ベルリン:アルテス・ムゼウム・ギャラリー
1988年「遭遇:ゼクタニ」ベルリン:アルテス・ムゼウム・ギャラリー、エアフルト:フィッシュ・マルクト・ギャラリー
「第1回クァドリナーレ:ドイツ民主共和国の素描」ライプツィヒ造形美術館
「素描:40年からの選択」ベルリン:アカデミー・ギャラリー
「コールデン、ランメルト、ヴォージュ」ベルリン:パリザー・プラッツ・ギャラリー
「逆もまた同じ」ハールレム:フランス・ハルス美術館
「ベルリーナ・カビネットII」ベルリン:ギャラリー・イン・トゥルム
1992年「ターニング・ポイント」サンダーランド:北部現代芸術センター
「紙の上に……」シュヴェリーン:州立美術館
「女」ベルリン:ヴァイセンゼー芸術協会
1993年「職業学校生」ベルリン:マルシュタル芸術アカデミー
「アカデミー93」ベルリン:芸術アカデミー
1994年「プリント・ポートフォリオとマルティプルズ」シカゴ:オスカー・フリードル・ギャラリー、ゲーテ・インスティトゥート
1995年「第10回素描ナツィオナーレ」アウクスブルク:ツォイクハウス
「鋭い視線」ボン:連邦クンストハレ
1996年「ベルリニシェ・ギャラリー所蔵のグラフィック・コレクションから100の素描」ベルリン

劇場関連の仕事
1993年『ドゥエル/トラクトア/ファッツァ』(ハイナー・ミュラー/ベルトルト・ブレヒト作)
演出:ハイナー・ミュラー
舞台装置:マルク・ランメルト、ステファニー・ピュルクレ
衣装:バルバラ・ナウヨク
ベルリーナ・アンサンブル
1995年『フィロクテテス』(ハイナー・ミュラー作)
演出:ヨーゼフ・ザイラー
舞台装置:マルク・ランメルト
衣装:マルク・ランメルトとヨーゼフ・スツァイラー
ベルリーナ・アンサンブル
『ゲルマニアIII:殺された男の幽霊』(ハイナー・ミュラー作)
演出:ハイナー・ミュラー
舞台装置:マルク・ランメルト
ベルリーナ・アンサンブル
1996年1月2日に打ち切り
1996年『エッダ:ニーフルングの歌』
演出:ヴォルフガング・シュトルヒ
舞台装置:マルク・ランメルト
ドレースデン、ヘレラウ祝祭劇場、エアフルト、跣足修道士教会、テューリンゲン、ヨーロッッパ文化センター
『ゲルマニアIII 殺された男の幽霊』(ハイナー・ミュラー作)
演出:ジャン・ジュルドゥイユ
舞台装置:マルク・ランメルト リスボン、ベレン文化センター

オーラフ・メッツェル

データベ ースの作家情報
1952年ベルリンに生まれる
1996年現在ミュンヘン在住

個展(抄録)
1982年ミュンヘン:クンストラウム
1984年ベルリン:daad ギャラリー
1985年ベルリン:ギャラリー・ファーネマン
1989年ケルン:ギャラリー・ルドルフ・ツヴィルン
1990年ハンブルク:プロデューサー・ギャラリー
ミュンスター:ヴェストファーレン芸術・文化史郷土博物館
ミュンヘン:クンストラウム
1992年ブラウンシュヴァイク芸術協会(ウルリヒ・ゲルリヒと共催)
ハンブルク:クンストハレ
バーデンバーデン州立クンストハレ
1994年ミュンヘン:ダーニエール・フスバン
カッセル芸術協会
1995年ベルリン:daad ギャラリー
1996年ケルン:ギャラリー・レッカーマン
コットバス:ブランデンブルク美術コレクション
ミュンヘン:クンストバウ、市立レーンバッハハウス美術館ギャラリー
デュースブルク:ヴィルヘルム・レーンブルック美術館

グループ展(抄録)
1981年「ベルリン・情況」ニース:美術館現代美術ギャラリー
1982年「Kansla och Hardhet」ストックホルム文化会館
1983年「モンテヴィデオの対角線」アントウェルペン
「劇場にて」ベルリン:ヘッベル劇場
1984年第5回シドニー・ビエンナーレ
「ここから」デュッセルドルフ
1985年「1945-85 ドイツ連邦共和国の芸術」ベルリン国立美術館
1986年「イェーナ公園彫刻」ハンブルク
1987年「彫刻と絵画」ロンドン:ICAギャラリー
「彫刻の並木道」ベルリン
「ベルリン・アート1961-1987」ニューヨーク近代美術館
ドクメンタ8、カッセル
「彫刻プロジェクト」ミュンスター
1989年「90年代のために」ミラノ:現代美術館
「視点」モントリオール:現代美術館
「イン・ビトヴィーン・アンド・ビヨンド:フロム・ジャーマニー」トロント:ザ・パワー・プラント
1990年第8回シドニー・ビエンナーレ
1991年「メトロポリス」ベルリン:マルティーン・グローピウス・バウ
「告発」ルーアン:ダルネタ、チーズ工場、バルセロナ:サンタモニカ・アート・センター
1992年「ブロック・コレクション」コペンハーゲン国立美術館、ヘルシンキ:現代美術館、レイキャビック:リスタサフン島
1993年「見知らぬホテル」アールス:美術館
1994年「明後日」リスボン:ベレン文化センター
1994-95年「そこの間」ブリュッセル:アルバート・ボルシェット・センター、ゲーラ、美術コレクション、ベルリン:ハウス・アム・ヴァルトゼー
「焼けた全体」ワシントン・プロジェクト・フォー・アーツ、ボストン:現代芸術協会
1995年「Orient/ation」第4回イスタンブル国際ビエンナーレ
1996年「Quo vadis?」カッセル
「歴史の顔」パリ:ポンピドゥ・センター

演劇関連
1996年『早朝』(エドワード・ボンド作)
演出:マレーネ・シュトレールヴィッツ
舞台装置:オーラフ・メッツェル
衣装:カローラ・ブランデス
上演:ケルン劇場機械工房

ヘルマン・ピッツ

データベ ースの作家情報
1956年オルデンブルクに生まれる
1990年以降アムステルダム国立造形芸術アカデミーで教える
1996年現在デュッセルドルフに在住

個展(抄録)
1979年「リュツォウ通、シチュエーション2」ベルリン
1981年ベルリン:(サブ)カルチャー美術館
1982年ブレーマーハーフェン:現代芸術陳列室
1983年「空間装飾」ケルン:モルトケライ
1987年アムステルダム、アペル財団
1991-92年「パノラマ・ヘルマン・ピッツ MCMXCI」ロッテルダム:ヴィッテ・デ・ヴィズ現代芸術センター、ミュンスター:ウェストファーレン芸術協会、ブラウンシュヴァイク芸術協会、トリーノ:カステッロ・ディ・リヴァーラ
1992年ハノーヴァ教区賞、ハノーヴァ教区美術館
1993年「舞台稽古」ベルリン国立美術館
「Libros y Obras」バレンシア:IVAM Centre del Carme
1995年「場・事件」シュトゥットガルト:ヴュルテンベルク芸術協会、ブリュッセル:美術宮殿展覧会協会
「鏡像」ベルリン:ギャラリー・フランク+シュルテ
1996年「3つの球」ボーフム:芸術協会ケルマーデ・ハウス

グループ展(抄録)
1980年「地下鉄の駅、3番線の新演出、ライムンド・クマー、ヘルマン・ピッツ、フリッツ・ラーマン、4月3日、4:15-0:47」(3人の着飾った男)ビューロー・ベルリン
1981年「今日のドイツ美術(蒸気杭打ち機)パリ市立近代美術館
1983年「劇場にて」ビューロー・ベルリン/へーベル劇場
1986年「ベルリン劇場:ある制作概念」(フリッツ・ラーマン、ライムント・クマーと共に)、ベルリン:ベタニエン・キュンストラー・ハウス
1987年「ベルリン芸術 1961-1987」ニュヨーク近代美術館
カッセル:ドクメンタ8
1988年「アペルト88」ヴェネツィア・ビエンナーレ
1989年「劇場の庭:動物寓話」ニューヨーク:PS1
1990年第8回シドニー・ビエンナーレ
1991年カッセル:ドキュメンタ9
1992年「ブロック・コレクション」コペンハーゲン国立美術館、ヘルシンキ:現代美術館、レイキャビック:リスタサフン島
1993-94年「人間世界:インテリア」フランクフルト:ポルティクス、トリーノ:カステッロ・ディ・リヴァーラ
ノリッジ:ノーフォーク芸術協会、シュトゥットガルト:ヴュルテンベルク芸術協会、ミュンスター:ヴェストファーレン芸術協会

カルルハインツ・シェーファー

データベ ースの作家情報
1941年北ボヘミアのカイザースヴァルデに生まれる
1956-61年マイセン国立陶芸工房で陶芸作家として教鞭
1963年ドレースデン造形芸術大学(彫刻科)に在籍
1964-66年マイセンで石工
1967-69年ベルリン芸術アカデミー職業学校でフリッツ・クレマーのもとで学ぶ
1968年ソ連に3ヶ月間研修滞在、エーリク・ブラトフとイリア・カバコフに出会う
1970年以降ドイツ民主共和国の公的な芸術界からは身を引いて仕事をする
1970-71年ドイツ民主共和国の現実を描写するための厚紙彫刻
1980年ダンテ『神曲』素描への最初の取り組み
1980-81年人間の影から影の彫刻への物質化
1982年ネガ彫刻:彫刻の型、そこでは人間の身体/人間の顔が空虚な形として実在する
1983-84年腰掛けた老人の記念碑的彫刻のための型
1985-86年ダンテに再び取り組む
1987年以降厚紙彫刻と混凝紙による脆く空虚な彫塑的なオブジェへの展開
1996年現在ベルリン在住

個展(抄録)
1977年ベルリン:ギャラリー・ユルゲン・シュヴァイネブラーデン
1982年ベルリン:ギャラリー、イム・トゥルム
1988年ベルリン:MORAとギャラリー・マンフレート・グレスラー
1990年トリーア:アトリエギャラリー
1996年ゲルリッツ:オーバーラウジッツァー芸術協会

グループ展(抄録)
1971年ドレースデン:ガルテンハウス ホフマン通46、Dr.E.ゲプラー
1972年「マイスターシューラー」ベルリン:芸術アカデミー
1973年「基礎にあるもの」ドレースデン:「ツァイト・イム・ビルト[絵画の中の時間}」ビル(A.R.ペンクと共に)
1976年ベルリン:ギャラリー・ユルゲン・シュヴァイネブラーデン(ローベルト・フィリウと共に)
1981年カルル・マルクス・シュタット:ギャラリー・オーベン
1981年ベルリン:オットー・ナーゲル・ハウス
1982,83年ブランデンブルク:ドームシュティフト
1989年ベルリン:MORA
1990-91年ドレースデン:アルベルティヌム、ハングルク:ダイヒトーアハレン

演劇関連
1977年『R.ホット或は熱さ』
フリードリヒ・ゴルトマン作の室内歌劇
台本:トーマス・ケルナー
音楽監督:フリードリヒ・ゴルトマン
舞台装置・衣装:カルルハインツ・シェーファー
上演:ベルリン、ドイツ国立歌劇場

トーマス・シュッテ

データベ ースの作家情報
1954年オルデンブルクに生まれる
1973-81年デュッセルドルフ美術アカデミーで学ぶ、フリッツ・シュベーグラーとゲルハルト・リヒターに師事
1996年現在デュッセルドルフに在住

個展(抄録)
1979年デュッセルドルフ:ギャラリー・アルノ・コーネン
パリ:ラ・ヴィトリーヌ
1980年ミュンヘン:ギャラリー・リューディガー・シェットル
1981年デュッセルドルフ:ギャラリー・コンラート・フィッシャー
1983年チューリヒ:ギャラリー・コンラート・フィッシャー
1984年リヨン:ギャラリー・フィリップ・ネルソン
アテネ:ギャラリー・ジーン・ベルニール
1985年アントウェルペン:ギャラリー・ミシェリーヌ・スワイサー
1986年クレーフェルト:ハウス・ランゲ美術館
パリ:ギャラリー・クルセル・ウスノ
1987年ミュンスター:ヴェストファーレン郷土美術館
アムステルダム:オーヴァーホラント美術館
1988年バーデンバーデン国立美術館
ミラノ:ギャラリー・クリスティアン・スタイン
1989年クラムシー:クラムシー美術館
アムステルダム:アペル財団
フタンクフルト・アム・マイン:ポルティクス
シャンニー:ギャラリー・ペトロ・スパルタ
1990年ベルン美術館
パリ市立近代美術館
アイントホーフェン:ファン・アッベ美術館
1991年カッセル芸術協会
1992年ハンブルク:ラウム・フュア・クンスト
ヘント:ヴァン・ヘーデンダーク美術館
シュトゥットガルト:ヴュルテンベルク芸術協会
ニーム:現代美術館カレ・ダール
1994年ハンブルク:クンストハレ
シュトゥットガルト:ヴュルテンベルク芸術協会
ニーム:現代美術館カレ・ダール
1995年ミュンヘン:社団法人クンストラウム
オルデンブルク芸術協会
ロンドン:リッソン・ギャラリー
東京:ワコー・ワークス・オブ・アート
リューベック:ザンクト・アンネン美術館
1996年ベルリン:ギャラリー・ゲバウアー&ギュンター
デューレン:レオポルド・ヘーシュ美術館
ベルリン:daadギャラリー
ベルン:ギャラリー・フリードリヒ
ヴォルフスブルク市立美術館

グループ展(抄録)
1987年「線描'87」ロッテルダム:美術財団
「空間イメージ」マドリッド:レイナ・ソフィア
「ジャクスタポジション」ニューヨーク:P.S.1
「委託により」エッセン:フォルクバンフ美術館
「彫刻家の素描」グラーツ芸術協会
「ドクメンタ8」カッセル
ドルトムント、オストヴァル美術館
フランクフルト・アム・マイン:聖ペテロ美術館(芸術協会)
「彫刻プロジェクト」ミュンスター、ヴェストファーレン郷土美術館
「時代、モード、道徳、情念」パリ:ポンピドゥ・センター
1988年「理性の眠り」カッセル:フリーデツィアーヌム美術館
「ヨーロッパ・ナウ」プラート:現代美術館
1989年「再び+再び」フタンクフルト・アム・マイン:ポルティクス
「戯曲」ミュンヘン:芸術協会
「クレーフェルトのための彫刻」クレーフェルト:ハウス・エステルス美術館
「時報」ボン:NRW造形芸術ステーション
1990年「遠望」クレーフェルト、ランゲ及びエステルス美術館
1991年「精神の空間」ヴァレンシア:セントレ・デル・カルメ
「作品13」ボルツァーノ:現代美術館
1992年「ドクメンタ9」カッセル
1993年「練習用ゲレンデ」ズール
1994年「形態、自然」ハノーファー:教区美術館
「素描」ロンドン:フリス・ストリート・ギャラリー
1995年「ヤヌス神殿」クレーフェルト:ヴィルヘルム皇帝美術館
「人間像」ベルリン:ギャラリー・ゲバウアー&ギュンター
1996年「距離」ワシントンDC:ハーシュホーン美術館

カタリーナ・ジーフェアディング

データベ ースの作家情報
1944年プラハに生まれる
1963-64年ハンブルグ造形芸術大学で学ぶ
1964-67年デュッセルドルフ、州立美術アカデミーで学ぶ、テオ・オットーに師事
1963-67年舞台でのインスタレーション:ハンブルク:ドイツ劇場、ヴィーン:ブルク劇場、デュッセルドルフ劇場、ベルリン:ドイツ歌劇場、ザルツブルク音楽祭
1972-88年デュッセルドルフ国立芸術アカデミーでヨゼフ・ボイスに師事、彫刻研究と専門職業教育
1972-92年アメリカ合衆国、中国、ソ連に研究滞在
1990-92年ハンブルク造形芸術大学客員教授
1992年ベルリン芸術大学教授
1994年ドイツ批評家賞、ベルリン
1996年現在デュッセルドルフ在住

ローゼ(ズ)マリー・トロッケル

データベ ースの作家情報
1952年シュヴェールテに生まれる
1996年現在ケルンに在住

個展(抄録)
1983年ケルン:モーニカ・シュプリュート・ギャラリー
ボン:ギャラリー・フィロメーネ・マーゲルス
1984年ケルン:モーニカ・シュプリュート・ギャラリー
ハンブルク:ギャラリー・アスカン・クローネ
バーゼル:スタンパ
1985年ボン:ライン地方美術館
1986年ベルン:ギャラリー・エーリカ・フリードリヒ
ケルン:モーニカ・シュプリュート・ギャラリー
1987年ミュンヘン:ギャラリー・ターニト
ハンブルク:ギャラリー・アスカン・クローネ
1988年ニューヨーク:近代美術館
バーゼル:クンストハレ
ロンドン:ICA[現代美術研究所]
リヴァプール:テイト・ギャラリー
ニューヨーク:バーバラ・グラッドストーン・ギャラリー
1991年バーゼル:現代美術館
ベルリン:新ベルリン芸術協会
ボストン:マーリオ・ディアコノ
ボストン:現代美術研究所
バークリー:大学美術館
シカゴ:現代美術館
パリ:ギャラリー・サミア・サウマ
パリ:ギャラリー・ブラショ・アメリオ
1992年マドリッド:国立レイナ・ソフィア・アートセンター美術館
ケルン:ルートヴィヒ美術館
ハンブルク:ギャラリー・アスカン・クローネ
ヘルシンキ:現代美術館
ケルン:モーニカ・シュプリュート・ギャラリー
1993年ティルブルク:デポント財団
パリ:ギャラリー・アンヌ・ド・ヴィルポワ
ケルン:芸術停車場ザンクト・ペーター
ミラノ:カーセ・ダルテ
ブリュッセル:ギャラリー・クサーヴァー・フーフケンス
ブレーメン:ヴェーザーブルク新美術館
ウェリントン:シティ・ギャラリー
ミュンヘン:ギャラリー・ターニト
ルンド:アンデルス・トルンベルク・ギャラリー
1994年ナポリ:ギャラリー・ルーチョ・アメリオ
ケルン:モーニカ・シュプリュート・ギャラリー
シドニー:現代美術館
ヴィーン:応用美術館
ジュネーヴ:現代美術センター
サンパウロ:ビエンナーレ
ニューヨーク、バーバラ・グラッドストーン・ギャラリー
1995年ケルン:ギャラリー・フォイエリー・アンド・ルイス・デ・ビラ
クレーフェルト:ハウス・エステルス
ベルリン:ギャラリー・シュプリンガー
イェルサレム:イスラエル・ミュージアム

グループ展(抄録)
1985年「アルス・ビバ 85/86」ベルリン:造形美術館
「強情な芸術」ヴィーン:近代美術館
1986年「ゾンスベーク '88」アルンヘム
1987年「アートフォーラム・ヨーロッパ」ロンドン:テイト・ギャラリー
1988年「カーネギー・インターナショナル」ピッツバーグ:カーネギー研究所
「再形成された絵画:ドイツのイメージ 1960-83」オハイオ:トリード美術館;ニューヨーク:ソロモン・グッゲンハイム美術館
1989年「画像論争」ケルン:メッセハレ
1992年「モダニズムのアレゴリー:現代の素描」ニューヨーク:近代美術館
1993年「抵抗」ミュンヘン:ハウス・デア・クンスト
1994年「モデル、ダブル、同一性」アミアン
「他者との対話」オーデンセ
「マルティプルの世紀」ハンブルク:ダイヒトーアハレ
1995年「信用」グラスゴウ、市街電車の線路上

ギュンター・ユッカー

データベ ースの作家情報
1930年メクレンブルクのヴェンドルフに生まれる
1949年画家および広告画家としての修業
1949-53年ヴァイマール応用美術専門学校、のちにベルリン・ヴァイセンゼー美術アカデミーで学ぶ
1953年西ベルリンへ移住
1955-57年デュッセルドルフ美術アカデミーでオットー・パンコックのもとで学ぶ
1957年最初の釘絵
1961年『沈んだ構造』(最初の光農園、最初の光映画)
1971年ラテンアメリカに旅行、インディアン文化を学ぶ
1973年5ヶ月間のアフリカ旅行
1974年アジアに旅行
1976年デュッセルドルフ美術アカデミー教授
1996年現在デュッセルドルフに在住

個展(抄録)
1970年ブリュッセル:美術宮殿
1971年「イメージ物体 1957-1970」ストックホルム:近代美術館
1972年ハノーファー:ケストナー協会
1974年ウッチ:ウッチ美術博物館
1975年エッセン:フォルクヴァング美術館
1976年シュトゥットガルト:州立ギャラリー
1982年ベルリン:ナショナル・ギャラリー
1983年ゴスラル:メンヒェンハウス美術館
1988年モスクワ:クリムウォール、中央芸術家センター
1989年ウッチ:ウッチ美術博物館
1994年ヴェネツィア:カペサロ近代美術館
1995年「北京への手紙」ベルリン:新ベルリン美術協会

グループ展(抄録)
1958年「ゼロ I」デュッセルドルフ
1964年「ドクメンタ3」カッセル:フリーデリツィアーヌム
1965年「ゼロ 1965」アムステルダム:市立美術館
1968年「ヴェネツィア・ビエンナーレ」
1969年「第10回サンパウロ・ビエンナーレ」
1970年「ヴェネツィア・ビエンナーレ」
1971年「第11回サンパウロ・ビエンナーレ」
1979年「第3回シドニー・ビエンナーレ」
1985年「ドイツ連邦共和国の美術 1945-1985」ベルリン:ナショナル・ギャラリー
「20世紀のドイツ美術:絵画と彫刻 1905-1985」ロンドン:王立美術アカデミー
1988年「近代の諸段階」ベルリン:ベルリニッシェ・ギャラリー
1996年「エヌとゼロ、モートゥス……」ボルツァーノ:近代美術館


*演劇関係の仕事についても、数多く手掛けており、これまでに実現した舞台も多い。

バレエの夕べ:
『ワルツ/反映』
フランク・マルティーン作曲の小協奏交響曲にもとづく
舞台装置:ハインツ・マック
『チェロ独創のための組曲1番ト長調』
ヨーハン・ゼバスティアン・バッハの音楽にもとづく
振付:エーリヒ・ヴァルター
舞台装置:ギュンター・ユッカー
『重力』
プーランク作曲『オルガンと弦楽と打楽器のための協奏曲ト短調』にもとづく
舞台装置:オットー・ピーネ
上演:デュッセルドルフ、ライン河畔ドイツ歌劇場、1969年5月19日
振付:エーリヒ・ヴァルター、P.ボルトルッツィ
音楽監督:ローベルト・シャウプ、P.シュナイダー
『レオノーレ』
作:ルートヴィヒ・ファン・ベートーベン
ジャン・ニコラ・ブーイのフランス語にもとづく歌詞:ヨーゼフ・ゾンライトナー、フリードリヒ・トライチュケ
台詞:ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー
上演:ブレーメン、ゲーテ広場劇場、1974年6月16日
演出:ニコラウス・レーンホフ
音楽監督:ヘルマン・ミヒャエル
舞台装置/衣装:ギュンター・ユッカー
『パルジファル』
作:リヒャルト・ヴァーグナー
上演:シュトゥットガルト、ヴュルテンベルク州立劇場演劇場、1976年3月12日
演出:ゲッツ・フリードリヒ
音楽監督:シルヴィオ・ヴァルヴィーソ
舞台装置/衣装:ギュンター・ユッカー
『ローエングリン』
作:リヒャルト・ヴァーグナー
上演:バイロイト、祝祭劇場、1979年7月25日
演出:ゲッツ・フリードリヒ
音楽監督:エド・デ・ヴァールト
舞台装置:ギュンター・ユッカー
衣装:フリーダ・パルメッジャーニ
『トリスタンとイゾルデ』
作:リヒャルト・ヴァーグナー
上演:シュトゥットガルト、ヴュルテンベルク州立劇場歌劇場、1981年3月21日
演出:ゲッツ・フリードリヒ
音楽監督:デニス・ラッセル・デイヴィーズ
舞台装置/衣装:ギュンター・ユッカー

1981年 ベルリン、ドイツ歌劇場のためのオーケストラ舞台空間の制作

『バッコスの巫女たち』
ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ作の1幕物歌劇
エウリピデスの『バッコスの神女たち』にもとづく
台本:W.H.アウデン、チェスター・コールマン
翻案:マリーア・ボッセ=シュポルレーダー
上演:シュトゥットガルト、ヴュルテンベルク州立劇場歌劇場、1989年12月15日
演出:ゲッツ・フリードリヒ
音楽監督:ガルシア・ナヴァロ
舞台装置/衣装:ギュンター・ユッカー
振付:ヨーハン・クレスニク
照明制作:クルト・リュディガー・ヴォガツケ

ヴォルフ・フォステル

データベ ースの作家情報
1937年レーヴァクーゼンに生まれる
1950-53年ケルンでリトグラフと工業芸術を学ぶ
1955-56年パリ高等美術学校で学ぶ
1957年デュッセルドルフ美術アカデミーで学ぶ
1962年ヴィースバーデン第1回フルクサス・フェスティバル(ナム・ジュン・パイクやゲオルク・マツィウナスとともにフェストゥム・フルクシオールムに参加
1968年カーゲル、フォイスナー、ホイバッハらとともに、視覚音響事象研究のための「ラボール協会」設立
1971年ベルリンに移る
HAB(ハプニング・アルヒーフ・ベルリン)設立
1973年ADA(前衛的アクション)をイェルン・メルカートらとともに設立
1976年スペインのエクストレマドゥーラにMVM(マルパルティダ・フォステル美術館)設立
1981年ノルドライン・ヴェストファーレンでフルクサス巡行
1982年マドリッドでパブロ・イグレシアス文化賞受賞
1990年メダイユ・ド・パリ受賞
1996年現在ベルリンと、スペインのマルパルティダに在住

個展(抄録)
1958年パリ:ヨーロッパで最初のハプニング
1961年パリ:「頭内の太陽」ギャラリーへ
1963年ニューヨーク:スモリン・ギャラリー
1965-66年ベルリンでルネ・ブロックとともにハプニング、ニューヨークでもハプニング
1966年ケルン芸術協会で最初の回顧展
1969年ミラノ:ギャラリー・シュヴァルツで「誘導/環境」展
1970年ケルン芸術協会で回顧展「フルクサスとハプニング」展
1972年新ベルリン芸術協会で「災害」展、ハプニングとビデオ
1974年パリ市立近代美術館で回顧展
1975年ベルリン:ナショナル・ギャラリーで回顧展
1978年マドリッド:現代美術館で回顧展
1980年ブラウンシュヴァイク芸術協会で、1954年から1979年までの画像回顧展
1982年カレー、パリ国立図書館、ストラスブール近代美術館で版画全作品回顧展
1990年ミラノ:ムディマ財団
1991年ダルムシュタット:ギャラリー・ミヒャエル
1992年ケルン、ボン、レーヴァクーゼン、マンハイム、ミュールハイムで回顧展
1996年第3回リヨン・ビエンナーレ
ベルリン、ファイン・アート・ラファエル・フォステルで「3美神と青のシリーズ」展

グループ展(抄録)
1962年「フルクサス・コンサート」パリ、コペンハーゲンなど
1968年「テレビ彫刻」ヴェネツィア・ビエンナーレ
1977年「第6回ドクメンタ」カッセル
1983年サンパウロ・ビエンナーレ
1986年「並木道彫刻」ベルリン
1990年ヴェネツィア・ビエンナーレ


*これまでに演劇関係の仕事を数多く手掛けている。

『ハムレット』
作:ウィリアム・シェイクスピア
A.W.シュレーゲル訳にもとづくハンスギュンター・ハイメ版
上演:ケルン、市立劇場演劇場、1979年2月17日
演出:ハンスギュンター・ハイメ
メディア構想/舞台装置/衣装異化:ヴォルフ・フォステル
衣装実現:ヘレン・ファブリティウス
『エウリピデスの「フェニキアの女たち」』
作:ヨッヘン・ベルク
上演:シュトゥットガルト、ヴュルテンベルク州立劇場演劇場、1981年4月30日(初演)
演出:ハンスギュンター・ハイメ
舞台装置/AV構想/衣装/ボディペインティング:ヴォルフ・フォステル
『エンペドクレスの死』
フリードリヒ・ヘルダーリンの断簡
協力:デュッセルドルフ演劇場、エッセン演劇場、1990年2月1日、1990年3月3日
演出:ハンスギュンター・ハイメ
舞台装置/衣装:ヴォルフ・フォステル

ウーテ・ヴァイス=レーダー

データベ ースの作家情報
1959年ベルリン近郊のヘニングスドルフに生まれる
1979-80年ベルリン・ヴァイセンゼー芸術大学で学ぶ
1982-84年ライプツィヒ版画製本大学で絵画を学ぶ
1986-90年ベルリン芸術大学で絵画を学び、職業教育を受ける
1988年カルルスルーエ貯蓄銀行奨励賞受賞
1990年ミラノ、ブレーラ美術アカデミー「壁の向こうへ」賞受賞
1991-92年ベルリン芸術大学若手奨励奨学金授与
1991-93年ベルリン、カルル・ホーファー協会アトリエ奨学金授与
1992年サン・セバスチャン記念カルル・ホーファー協会制作奨学金授与
1993年社団法人ドイツ産業連盟、ドイツ産業文化賞「アルス・ヴィヴァ」受賞
1993-94年ベルリン市政府留学奨学金(モスクワ現代美術協会)授与
1994年ローマ、ヴィッラ・マッシモ奨学金授与
1995年シカゴでの制作奨学金授与
1996年ベルリン市政府制作奨学金授与
1996-97年ザルツブルク、ロイベ財団、在住制作プログラムに参加
1996年現在ベルリンに在住

個展(抄録)
1990年ベルリン:ギャラリー・アンドレーアス・ヴァイス
1992年「逸脱」シュヴェービッシュ・グミュント芸術協会
1993年「SLAWA」ザールブリュッケン市立ギャラリー
「インスタレーションと写真」ベルリン:ギャラリー・フォー、ギャラリー・アンドレーアス・ヴァイスで(K.エッレとともに)
1994年「流れと道」モスクワ:ギャラリー・ベライェーヴァ、ベルリン:ギャラリー・アンドレーアス・ヴァイス

グループ展(抄録)
1992年「浮遊」新ベルリン芸術協会
「壁の向こうへ」ミラノ:ブレーラ宮殿
1993年「ビルバオ/ベルリン」ビルバオ:クンストハレ
「壁の後で」ピッツバーグ:カーネギー美術館
「レンタ賞」受賞展、ニュルンベルク:ノリス・ハレ
1993-94年「たとえば彫刻:アルス・ヴィヴァ 93/94」シュヴェーリン州立美術館、ハノーファー芸術協会、ボン芸術協会、マクデブルク美術館
1994年「インターフェイス」ハイデルベルク芸術協会
「ハイデルベルクにマーキング:都市空間内プロジェクト」ハイデルベルク
「空席」ライプツィヒ、同時代美術ギャラリー
1994-95年「往復書簡:シカゴとベルリンからの14人の芸術家たち」ベルリン:ベルリニッシェ・ギャラリー、シカゴ:文化センター
「貯水池」ベルリン:貯水場
「親密な空間」ローマ:ヴィッラ・マッシモ
1995-96年「身体のロゴス」シュトゥットガルト州立新ギャラリー、ベルリン:アルテス・ムゼウム、タンペレ美術館、オスロ国立美術館、イェテボリ美術館、トリーノ:カステッロ・ディ・リヴォリ
1996年「新収品展」ベルリニッシェ・ギャラリー
「無国境」モスクワ
「バベルII」ローマ:ヨーロッパ・ギャラリー、ヴィッラ・マッシモ
「ミッシング・リンク」ベルリン:ギャラリー・クラウス・フィッシャー
「5x3:紙作品」ベルリニッシェ・ギャラリー

チン・ユフェン

データベ ースの作家情報
1954年中国山東省生まれ
1980-85年北京で地下展覧会
1986-87年ベルリン、ベターニエン・キュンストラーハウス
1988年DAADベルリン奨学金授与
1996年現在ベルリン在住

個展(抄録)
1986年ハイデルベルク芸術協会
1990年ベルリン:チャイナ・ギャラリー
1993年「扇子」中国の万庄[WanZhuang]でのプロジェクト
1994年「風蓮」北京頤和園[Sommerpalast]でのプロジェクト
1996年「軽舟」ハノーファー:シュプレンゲル美術館
「雲?」リンツ:オッフェネ文化会館

グループ展(抄録)
1987年「北京からの2人の芸術家」ベルリン:ベターニエン・キュンストラーハウス
「墨」ニュルンベルク:キュンストラー・ハウス
1988年「新しい空間」ミュンヘン:A11フォーラム、ギャラリー・トーマス
1990年「言葉/自由」ロッテルダム:文化センター
「美術小包」クーア:ビュンドナー美術館
「出会い」バート・ゼッキンゲン:芸術協会
1991年「現代中国美術」ベルリン:チャイナ・ギャラリー
「暴力に対抗する芸術」ベルリン:シュタルケ財団
「ヨーロッパ文化の道」ブラティスラヴァ:ナショナル・ギャラリー、ブリュッセル、パレ・デ・ボザール、ベルリン:クンスト・ヴェルケ
「光の川」ベルリン:ルイーネ・デア・キュンステ
「亡命する中国美術」クラインザッセン:クンストシュタツィオーン
「自由な空気 I-II」ベルリン:ルーメ・ヴェーク
1992年「近代中国美術」ニューヨーク:ギャラリーZ
「現代中国美術館構想」ウッチ:芸術家美術館
1993年「情意」ベルリン:世界諸文化の家
「1993年の中国美術」アシャッフェンブルク市立ギャラリー
「ナハトボーゲン[地平線下の天体軌道]」ベルリン:オーダーベルガー通2番地
「わたしの家はあなたの家」ウッチ:芸術家美術館
1993-94年「フレキシブル:汎ヨーロッパ美術」バイロイト:オーバーフランケンハレ、ティルブルク:ニードランド・テキスタイル美術館、ウィルムスロウ:クォリ・バンク・スタイアル、ヴロツアフ:建築美術館
1994年「パート2」ブランデンブルク:クンストホーフ・ドレーヴェン
「精霊降誕祭のひな型」メクレンブルク:シュロス・プリュショウ
1995年「開かれたアトリエ」ベルリン:カウチェンシュタイク
「親切な言葉」ベルリン:ルイーネ・デア・キュンステ
「トリエンナーレ6:小彫刻」シュトゥットガルト
1995-96年「身体のロゴス」シュトゥットガルト、州立新ギャラリー、ベルリン:アルテス・ムゼウム、タンペレ美術館、オスロ国立美術館、イェテボリ美術館、トリーノ:カステッロ・ディ・リヴォリ
1996年「音環境:聴と視のためのフェスティバル」ベルリン:芸術アカデミー

 

 
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