十字行
1986年 F.R.P.、ワックス、その他 h.201.0 |
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前足を大きく左右に開き、後ろ足だけでひょろりと立っている雄犬。彼は肉付きも貧相で、本来は猟犬であろうはずなのにさえなくて、精悍な印象からはほど遠く思われます。おまけにその口からは木の枝のようなものが上に向かって伸びています。その天空への道を三人の人間が、危うげにあるいは楽しそうに昇っているのです。
この作品の作者である吉野辰海は1940年に生まれました。そして1960年に荒川修作、篠原有司男らによって結成された「ネオ・ダダ・オルガナイザーズ」に参加するようになります。これは当時の前衛的かつ反芸術的な傾向を色濃く示したグループで、視覚的にもスキャンダラスなものを志向した運動を展開しました。
吉野辰海が最初に犬をモチーフにした作品を発表したのは1979年の福岡での個展です。その犬たちが、今度は鼻づらをねじられてみたり、あるいは体全体をらせん状にねじられてみたりして次々に登場してきます。これら吉野辰海の犬のシリーズは、ネオ・ダダの運動のらせんにこだわった作家のエネルギーの名残をとどめています。そして作家の内面にある意志の表出に格好のモチーフを見出したある種の満足感を感じさせます。
本館所蔵の「十字行」にも特異なポーズによる視覚的効果とその内容のもつある種の痛ましさが感じられるのですが、それを吉野辰海はユーモラスに仕上げています。犬が十字にパフォーマンスをしながら、やりきれない表情で私たちに語りかけているのは、いったいどんなことなのでしょうか。
この作品のもつ視覚的衝撃に見合う内容であれば、それは心理的にもショッキングなものであるはずです。しかしそのわりには、この犬の表情はあまりにけなげでどこかあきらめを感じさせます。この犬の口から天空にむけて伸びているものが、何かを視覚化しようとした表現であるとするならば、この脳天気な三人からは人間社会の油断が読み取れることでしょう。
同じネオ・ダダの運動に参加した吉村益信が、豚の剥(はく)製の下半身をハムにしたオブジェを発表しましたが、その際の残酷なイメージとは違ったナンセンスと、その内なる声に耳を傾けたくなるような作品です。私たちはそこに、作者のシャイでナイーブな性質が、ネオ・ダダの社会に対する挑戦的な態度をいかに自分のものとしてこなしたかを見て取ることができるのではないでしょうか。
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徳島新聞 県立近代美術館 09 1990年12月4日 徳島県立近代美術館 吉原美惠子
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